著者:日本シノプシス オプティカルソシューション アプリケーションエンジニア A君改めT君

公開日:2024年5月17日

日本シノプシスに所属しているCODE Vアプリケーションエンジニアによる連載コラムです。

以前に執筆者がC社にて連載していた「A君のレンズ設計者物語」の続編となります。

本編も読みやすく、わかりやすく、親しみやすくを心がけて執筆していきます。

【登場人物】

博士:CODE Vについても造詣が深くT君も知らない裏技的なことを時々教えてくれる収差論の大家

T君:CODE Vの機能は十二分に使いこなせるが、その分、理論的な部分を軽くみている若手技術者

 

ご感想、ご質問等がありましたらお気軽にこちらまでお願いします。

 

第2回は「瞳の収差が周辺光量比に及ぼす影響とは?」ということで周辺光量比に関係する量の一つに物体側の開口効率があります。この開口効率は入射瞳のコマ収差に関係しています。CODE Vでも瞳の収差を評価することが可能です。T君が(瞳の)収差と周辺光量比の関連性を探ります。

それでは連載の第2回目を始めていきます。


T君:「最近は、ミラーレスカメラ用の交換レンズも充実してきていますが、広角レンズ域でもダブルガウスっぽいレンズが使われていることがありますよね?」

 

博士:「一眼”レフ”時代には、バックフォーカスを確保するためにレトロフォーカス型が使われることが多かったが、ミラーレスではその必要がないからじゃろうな。」

 

T君:「広角レンズと言えば、周辺が暗くなったレトロっぽい描写が思い浮かびますよね。あ、だから、レトロフォーカスって言うんですか?」

 

博士:「いや。“レトロ=後ろ”“フォーカス=焦点”で、焦点(と主点)を後ろへ移動させた構成、という意味から名づけられたようじゃ。」

レトロフォーカス(逆テレフォト)型レンズ

図1:レトロフォーカス(逆テレフォト)型レンズ

T君:「『広角レンズではコサイン4乗則の影響で周辺光量が低下し易いけど、対称型レンズに比べてレトロフォーカス型のほうが周辺光量低下を抑えられる。』みたいな記事を見たことがあります。」

 

博士:「うむ。ただし、物体側に負の成分が配置されたレトロフォーカス型なら何でもよいか?というと、そういうわけでもないのじゃ。」

 

T君:「今回も、”手と頭とCODE Vを使うワークショップ”からネタを1つもらって、それに関連する内容ですね。」

 

博士:「CODE Vで周辺光量比を制御しようとすると、以下のような方法があるのじゃ。

(a)TRA_1FLD関数により、軸上画角と対象画角の照度比をユーザー定義コンストレインツとして使用

(b)参照光線の(絞り面或いは像空間での)座標・角度で制御

(c)瞳の収差による制御

(d)ディストーションを負にする

(a)~(c)は全く別というわけではなく、何処に着目するかの違いと考えても良いのじゃ。」

 

T君:「(a)の方法に関しては、FAQ「相対照度(周辺光量比)を最適化で制約する方法(synopsys.com)」でも紹介されていますね。」

博士:「そのため、ここでは、(c)瞳の収差により開口効率(∝周辺光量比)がどのような影響を受けるかを見てみよう。」

図2:ワークショップ資料からの抜粋

博士:(続き)「ここでは、(入射)瞳の様子が異なる二つの設計解を見てみよう。」

図3:軸外入射瞳の異なる二つのレンズ系(ビネッティング未設定)

T君:「レトロフォーカスの前群2枚の構成に着目するのが目的だから、後群はレンズモジュールになっているんですね。」

 

博士:「光路図を見ると、(a)の方が、軸外の入射瞳が広がっていることが分かるかな?」

 

T君:「いや、わからないです・・・。どっちも同じくらいに見えます。」

 

博士:「そうじゃった。この光路図はどちらもビネッティング0で描いているので、入射光線径は同じ幅で描かれているのじゃ。では、絞り付近の軸外光の様子はどうなっているかな?」

 

T君:「(b)は、軸外光が絞り径よりも広がっていますが、(a)は絞り径よりも狭くなっています。」

 

博士:「そう。逆に絞りいっぱいを通る光線を考えた場合は、(a)の方は軸外の瞳が広がり、(b)の方は狭まるのじゃ。」

 

図4:軸外入射瞳の異なる二つのレンズ系(ビネッティング設定後)

T君:「両レンズとも、前群(S1..4)の焦点距離は同じ位なのに、レンズの形が影響しているんですね。」

 

博士:「これを収差論的に考えてみるために、瞳の収差係数を見てみようか。」

T君:「え?瞳の収差係数って、CODE Vの基本機能で計算できるんですか?」

博士:「できるのじゃよ。GUIメニューなら、

解析>診断解析>5次の収差

を選択すると、下図のようなウィンドウが開くのじゃ。

図5:"5次収差"機能で"瞳収差"を指定

博士:(続き)共役タイプのところはデフォルトでは像収差となっているが、瞳収差を選択することもできるのじゃ。」

 

T君:「いつもデフォルトのまま実行していたので、そんな選択ができるとは・・・知りませんでした。」

 

博士:「像収差の方は、当然、物体面と像面との関係における収差で、瞳収差の方は、絞りと入射瞳・射出瞳における収差じゃ。」

図6:"5次収差"機能での出力例

T君:「でも、収差としては同じような名前が並んでますね。最後にPが付く付かないの違いですか?」


博士:「共役関係が違うだけで、その種類は変わらないからじゃな。ただ、5次まで含めると収差の種類も多くなり、デフォルトの設定だと少々見辛いかもしれん。」


T君:「そうですね。何処に着目すれば良いですか?」


博士:「入射瞳の収差の中の、瞳のコマ収差(3rd TCOP)じゃ。」


T君:「"チャートの特性"機能を使うと、不要なデータを表示しないようにしたり、座標の範囲を指定することもできますよね。チャートの特性でTCOPだけの表示にして、比較してみました。」

図7:”チャートの特性”での設定

図8:二つのレンズ系の瞳のコマ収差

T君:「なるほど、確かに、瞳のコマ収差の符号が反対になっていて、それが関係していそうなことは分かりましたが・・・。瞳の収差ってどうもイメージできないんですけど・・・。」


博士:「瞳のコマ収差は、軸外画角の上光線・下光線を、主光線に対して逆方向にずらす作用があるのじゃ。そのため、実質的な入射瞳径が画角によって変化する。瞳のコマ収差係数の符号により、軸外ほど狭くなったり広がったりするのじゃ。」

 

T君:「うーん・・・漫画世代なので言葉の説明だけではよく分かりません・・・絵で描けますか?」


博士:「まず、理解を深める意味で、物体結像でのコマ収差を見ておこう。」

 

T君:「それならまかせてください。典型的なコマ収差が出るレンズで、横収差やスポットダイアグラム、光路図を描かせてみました。」

図9:物体結像でコマ収差が在る場合の光路図・横収差・スポットダイアグラム

博士:「おっ、上半分と下半分を色分けしているな!」


T君:「こういうことは、GUIだと大変ですが、マクロを使えば楽勝ですよね?」


博士:「瞳の上下の光線が集光する位置がz方向にずれている(赤は近似像面より手前、緑は奥になっている)様子がわかるな。物体の結像においてコマ収差があると、軸外画角においては、瞳の端の上光線と下光線が、主光線に対して同じ側にずれるのじゃ。


T君:「上の図では、どちらも、主光線に対して外側にずれていますね。外コマって呼ぶんでしたっけ?


博士:「これは偶然じゃが、大竹氏の最近のブログでもコマ収差について少し触れられておったので、そっちを見ても良いぞ。瞳結像でのコマ収差の場合も、収差の様子は同様じゃ。射出瞳の方の様子も見るために、レンズモジュールを使わないレンズデータで見ることとするか。」

図10:入射瞳と射出瞳の特性の異なるレンズ系

T君:「はい。このレンズデータは、入射瞳に関しては球面収差は小さく(ゼロに近く)コマ収差(TCOP)は負になるように、射出瞳に関しては球面収差は正側に大きくコマ収差は小さく(ゼロに近く)なるように、最適化(※)したものです。5次収差(plotForder.seqマクロ)で評価すると、以下の表のようになりました。」

※前記したレンズデータの最適化も、そのUDFを用いて制御したものです。

 

表1:瞳の球面収差とコマ収差

 

SA3P

TCOP

前群(S1..5)

0.002

-0.451

後群(S7..11)

0.230

0.001

博士:「念のため、共役関係がどうなっているかを、光路図で見てみようか。物体空間の主光線を延長して交わる位置が入射瞳じゃ。実際は瞳の収差があるために一点には交わらんがな。像空間の主光線を延長していくと射出瞳の位置が分かるのじゃ。」

図11:物体の結像と瞳の結像の様子

博士:(続き)入射瞳や射出瞳は絞りに対する像なのじゃが、一般には”虚”像となる。2次結像系の場合は、瞳を”実”像として形成することも可能じゃ。」

 

T君:「HUDなんかだと、光学系の実の射出瞳の中にドライバーの眼の位置がくるようになっていますよね?」

 

博士:「最近は光学ファインダーを搭載したカメラも少ないが、2次結像ファインダーなども、物体結像と瞳の結像を繰り返すため、実の瞳が作られるのじゃ。」

 

T君:「でも上の図だと、それぞれの瞳の位置が分かるだけで、瞳の収差っていうのはイマイチわかりませんよ。」

 

博士:「そうじゃな。では、絞り面上に物点があると考えてみよう。その物点が絞り中心にある場合が瞳の球面収差に相当し、物点が中心から離れてくると、物体収差と同じように、瞳のコマ収差、瞳の非点収差・像面湾曲などが生じてくるのじゃ。」


T君:「なるほど。マクロを作って瞳結像の様子を光路図で描かせてみました。通常の物体光ファン光線の光路図と比較し易いよう、画角を±両方向で入れて、主光線だけを描画すると、それっぽくなりますね!」

図12:瞳の球面収差の様子

博士:「この図で描かれている主光線は瞳(絞り)の中心を通る光線なので、瞳の球面収差を表している。射出瞳で光線がばらついている様子と入射瞳では光線のばらつきが小さくいことが分かるのじゃ。先の表のとおり、射出瞳の球面収差は大きく、入射瞳の球面収差が小さいことを表しているのじゃ。」

 

T君:「マクロでは絞り面上の相対位置を入れられるようにしてあります。絞りの端(10割)や絞りの5割の位置などを通る光線を描画すると、瞳のコマ収差も確認できます。以下の図は瞳の端を通る光線です。」

図13:瞳のコマ収差の様子

博士:「入射瞳側で、瞳のコマ収差が出ている状況が分かり易いのじゃ。一方の射出瞳ではコマ収差が殆どない様子も分かる。先の表で見た瞳の収差の計算の通りじゃな。」


T君:「入射瞳側のこのコマ収差(TCOPが負)の場合、軸上画角の上光線よりも軸外の上光線の方が外(上)側にずれるし、下光線の方も同様のコマ収差で、外側にずれるため、軸外画角の入射瞳は軸上よりも広がる、ということですね!」


博士:「その通りじゃ!通常の物体収差と同じように瞳の収差を考える方法として、レンズデータを反転させて、本来の絞りを物点として、虚像点(=入射瞳)までの光線追跡を行うことも可能じゃ。」

図14:入射側レンズを反転させて、絞りを物体とした場合

T君:「まさに、絞りに対する虚像として、きれいなコマ収差が出ているのが分かりますね。瞳の結像や瞳の収差に関してだいぶ分かってきましたよ!」

 

博士:「このようなレンズデータの共役関係の変更を毎回行うのは大変なので、通常のレンズデータのモデルにおいても、瞳の収差を考えることができるようになっているわけじゃ。」

 

T君:「物体の収差だけでなく瞳の収差も自在に扱えると面白そうですね。」

 

博士:「そうじゃな。ただ、物体の収差と瞳の収差は従属関係にあるものもあるので、それらの見極めも重要じゃ。なお、CODE Vの”5次収差”機能では、各面の値を確認したり全系の和を最適化で制御することは出来るが、個々の面や第1面から絞り面までの和を最適化のコンストレインツに採るといったことはできない」因みに、「手と頭とCODE Vを使うレンズ設計ワークショップ」では、各面の瞳の収差係数を制御するためのUDFも在るので、入射瞳の収差係数として制御することも可能じゃ。」

 

T君:「その辺りは、”ワークショップにご参加ください”ということですね(笑」

 

次回につづく・・・。

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